世界を変えた発明家 ~ライト兄弟編~

こんにちは!「世界を変えた発明家」を連載している、ライターのりょうです。第2回目となる今回は、飛行機を発明した「ライト兄弟」です。彼らの生い立ち、飛行機の発明などを紹介していきます。

 

ライト兄弟1
画像出典:avions-voisin.org

さて、「ライト兄弟」というと、飛行機を発明した兄ウィルバーと弟オーヴィルのことを指しますが、実はライト家の兄弟は7人もいるのです。長男ロイクリン、次男ローリンときて、三男にウィルバー。四男五男は双子で、六男がオーヴィルとなっています。この6人の男兄弟に、最後に生まれた女の子のカザリンを加えた7人がライト兄弟です。

といっても、長男と次男は飛行機を発明した2人の弟とは微妙な関係で、飛行機開発の手助けは何もしていないそうです。しかし、妹のカザリンは2人の兄たちと生活を共にして家庭の切り盛りをし、なにかと2人の手伝いをしていました。まぁ、そのせいでカザリンは婚期を逃してしまったそうですが、そんな彼女の支えがあったからこそ、ライト兄弟は飛行機の発明に全力を注ぐことができたのです。というわけで、発明家ライト兄弟にはカザリンも加えてあげたい、というのが筆者の思いです。

では、そんな彼らの父はどんな人物だったのでしょうか?ライト家の父ミルトンは巡回牧師だったため、アメリカ中を転々とする家庭でした。父はとても信仰心の強い牧師で、彼の信仰心はウィルバーたち兄弟にも受け継がれました。しかし、ライト兄弟が工作に興味を持つようになったのは、母方の祖父の影響によるものです。彼らの祖父は職人で、祖父の家には多くの工作用の機械がありました。幼少期からそれらに触れ、彼らは経験を積んでいたのですね。

彼らがものづくりに目覚めたきっかけは、1878年の冬に母と共にそりを作ったことです。雪が積もった丘に遊びに行った兄弟は、親に買ってもらったそりで友人たちが遊んでいるのを見て、自分たちも欲しいと母に頼みました。しかし、そりを買い与えることができるほどの裕福な家庭ではなかったため、母はそりを自作することを提案しました。設計図を書く作業は子供たちには退屈だったそうですが、母はそれを手伝いながら、根気強く理屈を説明し完成させます。その設計図を元にして、子供たちだけでそりを作らせました。完成したそりは友人たちのものとは形が違い、腹ばいになって乗る奇妙な見た目のものでしたが、この形にすることで空気抵抗が軽減され、圧倒的なスピードを出すことができました。

飛行機の開発をする前、ライト兄弟は凧を作って販売したり、印刷機械を作って印刷業を営んだりしていました。転機が訪れたのは、1892年。彼らは移動手段として主流となりつつあった自転車に目を付け、自転車の修理屋を始めたのです。当時の自転車はまだ完全なものではなかったため壊れやすく、修理屋は大繁盛。彼らの慧眼が発揮されたエピソードですね。その頃の彼らはとてもストイックで、アルコールはもちろんのこと、お茶やコーヒーのようなカフェインの含まれる飲料も飲まず、タバコも吸わない、夜更かしもしないという生活を送っていました。

幼少期に父からヘリコプターの模型を貰ったことで、空を飛ぶことに憧れを抱いていた二人は、航空業に手を出そうとしていました。ライト兄弟以前にも、多くの発明家が空を飛ぶことに挑戦していましたが、成功した人はいませんでした。ライト兄弟は先人の失敗点を「安定性の欠如」と「操縦の難易度の高さ」とし、研究を始めます。この発想は自転車からでした。言うまでもなく自転車も安定性が必須ですから、ここで自転車修理屋を営んでいた経験が生きたのです。

Wright Glider Flying
画像出典:japaneseclass.jp

最初に取り組んだのはグライダー作りです。グライダーは風にのって飛ぶことができるので、原動機は付いていません。しかし、飛行機と同じく揚力を使って空を飛ぶので、原理はほぼ同じものでした。グライダー作りでは安定性を確保する方法が課題だったため、乗る位置を前後させたり、翼の数を増やしたりと、さまざまな工夫を凝らしながら多くの実験を続けました。10日間の実験で700回も飛行実験をしたライト兄弟は、飛行データと共に、操縦技術も身に付けました。

グライダーでの長距離飛行に成功した後、原動機を乗せた飛行機の開発に着手しました。当時の原動機は蒸気機関が主流でしたが、蒸気機関はとても大きく重いため、飛行機には向いておらず、そのため自動車用に開発されたガソリンエンジンを改良して載せることにしました。しかし、改良してもエンジンの出力はわずかで、300kgを超える機体を持ち上げることはできませんでした。逆に発動機の出力を上げようとすると、今度は重たくなってしまうので、プロペラを回転させる効率を上げ、その解決を図りました。

ライト兄弟4
画像出典:blogs.yahoo.co.jp

プロペラを載せた初の飛行実験では、飛行時間はたった3.5秒、距離は32mしか進むことが出来ませんでしたが、この実験が意味するものはとても大きいものです。なぜなら、空を飛ぶための全ての課題は解決しているから。後は、より長く、より安定させるだけです。

そんな世紀の大発明をしたのにもかかわらず、その対価はわずかなものでした。当時は特許のシステムが穴だらけで、難癖を付けてお金を払わない人がたくさんいたのです。そんな生活に嫌気が差したライト兄弟は、1915年に飛行機の特許を売却し、それで得たお金で屋敷を買い余生を過ごしたそうです。

誰も見ることのできなかったところから、世界を見ることを可能にしたライト兄弟。彼らによって、私たちは世界のどこへでも行けるようになりました。筆者は死ぬ前に、宇宙に行きたいと思っているので、飛行機に乗る感覚で、宇宙に行ける未来が待ち遠しいです。

次回の「世界を変えた発明家」は、蒸気機関車を発明したジョージ・スティーブンソンについて取り上げます。

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