【幾重にも積み重なる物語】ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』

マサシです。連載記事二回目は、ヨーロッパはドイツの作家、ミヒャエル・エンデです。盗まれた時間を取り戻すために小さな女の子が活躍する『モモ』もおすすめ(児童文学だけど、大人になってからの方がより深く楽しめるかも)ですが、今回は『はてしない物語』を取り上げます。この作品は、私をファンタジー世界に突き落とした作品の一つです。1982年に第一刷発行ですから、30年以上経つのですね。ちなみにもう一つは「ハリー・ポッター」シリーズですが、わざわざ紹介しなくても名前くらいは知っていますよね。

 

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画像出典:https://pds.exblog.jp/pds

まずは本の装丁の話からしましょう。といいますのも、「この表紙あってこそ、この物語あり!」です。ハードカバーになっていて、色はあかがね色で、二匹の蛇がお互いの尾を噛んで作る円の中にタイトルが書いてあるこの本、作中で同じ物が出てくるのです。わかりづらいですが、『はてしない物語』の中に「はてしない物語」が登場するわけです。読んだ人は思いましたよね、「この描写、今読んでるこれじゃん!」って。“幼ごころに”感動しました。

この本の仕掛けは、表紙だけではありません。主人公の「バスチアン」が暮らす現実世界が進行するときは赤の文字、もう一人の主人公である「アトレーユ」が暮らす「ファンタージエン」の世界が進行するときは緑の文字と、色の使い分けがされています。しかしこの境界線は、物語が進んでいくごとに曖昧になっていき、遂にはファンタージエンの女王の名を呼ぶことで、自身が「はてしない物語」に入り込みます。あかがね色をした魔法の本の中に、です。

海外の物は、それぞれ装丁も異なっているそうですが、エンデ自身に、「日本の装丁が一番」とか言われたそうな。ソフトカバー版がどうなのかはわかりませんが、いろんな人がハードカバーを推しているのはこの辺りの理由もあるでしょうね。ほんと良い仕事してくれました。私も授業さぼって屋上で読書とかしたかった(笑)。

ずっとアトレーユの目線で続いた物語ですが、後半からはバスチアンの目線で物語が進んでいきます。ファンタージエンの世界に入り込んだバスチアンは、自分の欲望を次々と叶えていきます、現実の記憶と引き換えに。弱虫でいじめられっ子だった過去を捨て、強くてかっこいい勇者を夢見ます。有頂天になった彼の耳には、友人であるアトレーユの声も届きませんでした。大切な事に気付くのはいつだって全てを失った後です。それでも、最後まで歩いたバスチアンの物語は無駄になりません。たとえそれがフィクションの世界であっても。『はてしない物語』を読んだ人もまた、それぞれの物語を紡いでいくでしょう。

「けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。」

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