プロイセン王フリードリッヒ2世

こんにちは、mikoです。寒さもより一層厳しくなり、乾燥も気になる季節ですが、みなさんはどうお過ごしでしょうか。余談ですが、本日は2月22日ということで日本では「猫の日」なんて可愛らしい日になっています。猫の日だと思うと、いつもの平日がなんだか少し特別に思えるのでもっと増えてほしいものです。さて、今回は春休みの単発記事としてプロイセン王国の「フリードリヒ2世」についてお話していこうと思います。

皆さんは、フリードリヒ2世(Friedrich Ⅱ)という人物をご存知でしょうか。彼は1740年から1786年に在位した第3代プロイセン国王です。サンスーシー宮殿を建てたことで有名だと思いますが、軍事的才能と合理的な国家経営により、プロイセン王国の繁栄と強大化に努め、啓蒙専制君主の典型とされる人物としても知られています。また、フルート演奏をはじめとした芸術的才能も持ち合わせており、近代ヨーロッパの宮廷人らしい人物であったと言えます。そして、フランス文学にも精通しており、哲学者であるヴォルテールと親密な交際をしたり、全30巻にも及ぶ著書を記したりしていたため、哲人王とも呼ばれていました。

フリードリヒ2世は1712年に第2代プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム1世とゾフィー・ドロテアとの間に生まれました。父は兵隊王と言われるほどの無骨者で芸術を解さない人物でありましたが、母はイギリス国王のジョージ1世の娘で、生粋の宮廷人でした。そのため2人の教育方針は正反対で、それぞれが大きく彼に影響を与えたといいます。

1740年5月31日にフリードリヒ2世はプロイセンの国王として即位します。その後、神聖ローマ皇帝カール6世が急逝し、マリア・テレジアがハプスブルク家領地を相続することになると、それを承認する見返りとしてシュレージエンの割譲を要求。しかし、これを拒否され12月16日に宣戦布告なしでシュレージエンに侵攻し、オーストリア継承戦争が勃発しました。シュレージエンの急襲は成功し、プロイセンの台頭を世界に印象付けることになりました。また、フリードリヒ2世は戦場で士官の膝枕で寝たり、兵卒の傷の手当てに自らのハンカチを使ったりなど、階級を問わず兵士との交流が盛んで、絶大な人気を集めていたといいます。

戦争が終わると、フリードリヒ2世は戦争で疲弊したプロイセンの復興に尽力します。産業の復興や、フランスからやってきたユグノーの受け入れなどにより、プロイセンは再び力をつけていきました。しかし、激務の末にたびたび病気にかかっていたといいます。そんな彼の心の支えになっていたのが1745年から1747年にかけて建造されたサンスーシー宮殿です。サンスーシー宮殿は、フリードリヒ2世が自ら設計に携わり、ロココ様式を尽くした、さっぱりとした印象の小さな宮殿です。この宮殿でフリードリヒ2世は政務の傍ら、ヴォルテールやその他の少数の気の置けない友人と音楽や社交などを楽しみ、ゆったりと羽を伸ばして過ごしたそうです。

サンスーシー宮殿
https://ja.wikipedia.org

1754年になると七年戦争が勃発します。ロシアのエリザヴェータとフランスのポンパドゥール夫人と手を組んで、シュレージエンの奪還を計画していたハプスブルク帝国のマリア・テレジアは、オーストリア・ロシア・フランスに加えてスウェーデンやザクセンなどとも敵対しました。敵軍約8000万に対し、プロイセンは約400万と圧倒的不利な戦いに思われていましたが、フリードリヒ2世の巧みな戦術により圧倒的な兵力差を覆し、みごと敵を撃破することが出来ました。しかし、国際的に孤立状態であったプロイセンは兵力を消耗し続けてしまいます。イギリスからの軍資金の援助も打ち切られ、彼は自害を覚悟するほどに追い詰められていました。

そのような中、1762年にロシアのエリザヴェータが急死し、甥のピョートル3世が後を継ぎます。なんとピョートル3世はフリードリヒ2世の崇拝者であったため、奇跡的にロシアとの講和が成立しました。さらに、スウェーデンとも同年の5月に講和しました。これにより孤立したオーストリアに勝利を収めたフリードリヒ2世は、シュレージエンの領有を確定させます。

その後、平和を手に入れたフリードリヒ2世はサンスーシー宮殿で穏やかな余生を過ごしました。仕事の合間を縫ってフルート演奏や文通、著述を楽しんでいたそうです。また、ベルリン市民から「老フリッツ」と親しみを込めた愛称で呼ばれていました。もともと健康状態の良くなかった彼でしたが、晩年にはさらに悪化し、1日の大半を肘掛椅子で過ごしていたそうです。彼の最後の願いは、自身が死んだあと愛犬たちの傍に埋めてほしいというものでした。1786年に老衰で崩御したあとは遺言に沿わず、ポツダム衛戍教会に埋葬されましたが、1991年についにサンスーシー宮殿に墓が移されました。現在は彼の希望通りに愛犬たちとともに眠っています。

フリッツ②
https://ja.wikipedia.org

プロイセンの父といっても過言ではないフリードリヒ2世、文武両道でとても憧れる人物の一人です。ドイツに行った際にはぜひ、彼の墓参りをしてみたいと思います。また、サンスーシー宮殿で彼のフルート演奏に思いをはせながらゆったりとした時間を過ごしてみたいものですね。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中